18 juillet 1999 -
【おわび】かつて、文中にマリー=ジャンヌ・ベッセロが故人であるかのような記述があったのですが、2000年9月18日現在、彼女は90歳を越えた今もご健在であることがわかりました。ここに記しておわび申し上げ、該当する記述は削除したことをご報告いたします。(るい〜〜、あなたのせいなのよーっ;_;)
アラン・ジベールが1995年にSILEXレーベルからリリースした "Chariot d'or" は、彼の生まれ故郷オーヴェルニュ地方の方言(南仏方言オック語に属する)を用い、オリジナル曲に加えて故郷の民謡も採り入れながら作り上げたアルバム(歌詞には、仏訳と英訳がついています)。それは「想像のオーヴェルニュ L'Auvergne Imaginee」という副題が示すように、「ARFI 想像的民俗音楽探究協会」の結成当時からのメンバーであるジベールが、1970年代のMarvelous Bandの頃から続けている音楽活動の結実でもあります。
リヴレットを開くと、モノクロームの老婦人のポートレイト。深い皺の刻まれたその顔は、慣れないカメラを向けられて少々困ったような、でもかすかな微笑みと優しいまなざしをこちらに向けています。ポートレイトの下の献辞には、
このディスクをマリー=ジャンヌ・ベッセロに捧げる
とあります。
ページをめくると、この老婦人との出会いを記した小さなエッセイ(*1)がフランス語と英語で掲載されています。書き手は、SILEXレーベルで伝統音楽とジャズをつなぐ数々の名作をプロデュースし(ただし、その後彼はSILEXレーベルでの仕事を止めたと聞きます)、自らもオック語で歌うシンガーとして "Le partage des eaux" というアルバムを同レーベルからリリースしているアンドレ・リクロ。
彼が(きっとアラン・ジベールと一緒に)オーヴェルニュの小さな村をたずね、おそらくこの村からほとんど出ることもなく畑を耕しながら暮らしてきたマリー=ジャンヌに、オーヴェルニュの民謡を歌ってもらい、録音をさせてもらった体験が、おとぎ話のように綴られています。
そして、彼女の歌はアルバムの2曲目、"Se yu sabio" の冒頭で聴くことができます。
もしも私に、いとしいひとよ
もしも私に字が書けるなら
1枚の紙に私の心をこめて
あなたのもとへ送りましょう
マリー=ジャンヌの声。それをアルバムに残そうと考えたとき、この歌を選んだジベールとリクロ。そこに、「方言」として軽んじられ、教育課程から姿を消し(オック語研究への関心が高まったのは1950年代以降)、「話し言葉」として、あるいは民謡の歌詞として、長い間、書かれるよりも、語られる/歌われることによって細々と生き続けてきたオック語への思いが込められているような気がしてなりません。
母語を忘れるとは誰にとってもつらいことだ。それがたとえ慎ましい方言であったとしても。話し手がいないために今は失われてしまったその言葉がどんなものだったのか、私には伝える義務があると感じている。ミュージシャンであり、作曲家であり、たまたま歌手でもある私が持っている道具は、この言葉が持つ最も普遍的なもの--音楽を生き続けさせるのに役立つと考えたのだ。
このプロジェクトを実現するためには、ミュージシャン達がミュージシャンとして最高であるというだけでは不充分だった。ミュージシャン-助産婦、名付け親、「聖ペテロと聖ヨハネ」。これが、ブルーノ・シュヴィヨン、ジャン=ルイ・マティニエ、ルイ・スクラヴィスが実際に果たした役割だった。彼らの音楽性、さらに言えば彼らの徳性が、この「黄金のワゴン Chariot d'or」を導いてくれたのだ。
- Alain Gibert(*2)
マリー=ジャンヌ、これは推測に過ぎないけれど、たぶんアンドレ・リクロとアラン・ジベールが録音テープを彼女に聴かせるまで、彼女は自分の歌を一度も聞き返したことがなかったのではないかしら。
そして彼女は知っていたのでしょうか、遠い日本にまで彼女の声が届いていたこと、一度も行ったことのない南仏の農村に暮らすおばあさんのまなざしに思いを馳せる者がいたことを。
彼女は自分の歌を聴いていた、エプロンの上に手を置いて、そして時おり大きな白いハンカチを取り出しては、彼女、歌の粉ひきは、自らの音の一粒一粒に隠れて洟をかむふりをするのだった...
- Andre Ricros(*1)
(*1):Andre Ricros "Le meunier de chanson le petit grain de son"
(*2):"Chariot d'or" リヴレットに掲載されたアラン・ジベールの言葉(全文)。
「聖ペテロと聖ヨハネ」は、アルバム収録曲 "Santa Catarino" の歌詞「聖カタリナ様、聖ペテロ様、聖ヨハネ様がわが子の名付け親になって下さるでしょう...」を踏まえている。