朝食の後ホテルのチェックアウトをすませ、迎えに来てくれたジャンの車で出発。途中でジャンがルイの家に電話をかけてくれました。ルイがすぐに出たようで、ジャンは一通りあいさつが済むとさっさと受話器を渡してくれます(^^;)
「Allo ? ルイ?」
「やあー、ミキコ。コンサートはどうだった?」
わー、ルイだ、ルイだ(*^^*)良かったー、やっと話ができたよーん。
「すっごく良かった。それとね、あなたのパートナーに会ったよ」
「うんうん、彼女から聞いたよ。きのうは申し訳なかったねえ。演奏の後すぐ取材があったりして、ミッシェル(ポルタル)が疲れていたし食事もとりたがっていたんで、すぐ会場を出なければならなかったんだ」
この、電話でおしゃべりできた時点で私はすっかり幸せ(*^^*)になっていたのだけど、電話を代わったジャンが、ルイの家の近所にあるレストランでランチタイムに会う約束まで取り付けてくれました。
パリ行きTGVの切符をとったりとか、一通りの用事を済ませて、目指すレストランに着いたのは12時半ちかく。すでに、ジャンのガールフレンドと彼女のかわいくて利発な10歳くらいのお嬢さんが席についています(ジャンと彼女はバツイチカップルで、この女の子とジャンは血のつながりはない。でも、3人はとても仲良しで幸せそうなのでした。)
「さっき、私達が着く前にルイが一度お店に顔を出したんですって。もう少ししたら戻ってくると思うわよ」
彼女の言うとおり、しばらくするとレストランのドアが開いて...ルイですう。やっとやっとやっと、本当の再会を果たすことができました。
わいわい話が始まってしまってなかなかランチメニューが決まりません。朝食が遅かったというルイはワインだけもらうよ、と言います。
「これはまだ持ってないよね?」と出してくれたのが、Clarinettesのリイシュー盤です。やったー。ジャンの彼女のお嬢さんにも1枚、サインを入れてプレゼント。「ちょっとジャケットが女の子向きじゃないけどねえ」と笑いもとる(^^;)
「『カドッシュ』観たよ。東京の国際映画祭で上映したの。もー、すんごい泣いた」
「そうだねえ、あれは悲しい映画だから...」
選曲をしたのはアモス・ギタイ本人だったようです。
「リヨンは初めて?なかなかいいところでしょう。見に行ったところは?アンスティテュ・リュミエールね。僕は子供の頃、あの建物の近くに住んでいたんだよ。あの通り一風変わった屋敷だから、すごく印象的だったね。館長がベルトラン・タヴェルニエだってことは知ってるよね?」
「『今日からスタート』もね、横浜の映画祭で上映したから、観たの。そのとき、監督とマリア・ピタレシ(主演女優)がゲストで来日しててね、CDにサインもらえたの。ほらー」
「へえ、ほんとだ。でもフィリップ・トルトン(主演男優)にもらわなかったのはどうして?ああ、彼は日本に行かなかったのか。じゃあ今度フィリップに会ったら、サインするように言っておくよ」
「・・・(^^; オモイツキデ ユッテナイカ? >るい)」
そんなわけで、『今日からスタート』サントラのブックレットにルイのサインをもらったのだけど...
「あのお・・・このマーク、なに?」
「それ?日本の文字のつもり。てきとーに書いたんだけどさ」
「あー^^; うん。そう言われてみれば漢字に見えないこともない。うんうん。似てる字はある。フランス語で"grand"っていう意味」
とゆったら、皆にひじょうに受けてしまいました。おちゃめだぞお>るい
「フリスとドゥルーエとのトリオはねえ、うーん、いずれCDを出す可能性もないわけじゃないけど、とにかく完全即興だからいつも演奏が全然違うんだよ。だからライブ録音を出すにしたって、さてどれが『一番いい出来』かって選ぶわけにいかないし、難しいよね。それはポルタルとのデュオも同じことでさ、僕らもう十数年こうやって一緒に演奏してるけど、それをレコードにしたことはただの一度もないんだよ」
ルイはジャンに向かってこんな話をしていました。それから、去年の日本ツアーのこと。特にバーバー富士の小さなお部屋に20人近くがぎゅうぎゅうに座るなかで演奏した体験がとても印象的だったこと(あのとき、主催者・松本さんの奥様のおなかにベビーがいたこと覚えてるでしょ、去年の夏にかわいい女の子が生まれたの、と言ったらニコニコしてた)。アフリカ・ツアーのときの話...私はいつのまにか皆が話しているのを聞いているだけになっていました。
こんどルイに会ったら質問したいことがいろいろあったはずなのに、ぜんぜん出てこない。去年レコーディングしたはずのクィンテットのアルバム。6月にアヴィニヨンのオペラ劇場で行うプロジェクト。みいんな、聞き逃してしまいました...バカバカ。
でも、リヨンまで来て、すばらしいコンサートを観て、その上ちゃんとルイにも再会できた、と思ったら、すっかり満足してしまい、「質問」なんてどこかに行ってしまったのでした。
1時間ほどして、ルイは用事があるからと先に席を立ちました。「じゃあ、またね」にっこり再会を約束すると、お店を出て、てくてく歩いて帰っていきました(レストランはルイのお家から5分くらいのところにあるのでした)。
「ねえ、ルイって有名なミュージシャンなのに、なんて気さくな人なのかしら!素敵よね!」と、ジャンの彼女が驚いています。
そうなのです。きのうの、大きなコンサートホールを埋める聴衆が熱狂したライブで、ようやく、ようやく本当に実感したのですが、ルイはフランスのジャズシーンにおいては、まぎれもなくスターのひとりなのです。アルバムを出せば必ず雑誌に大きなスペースをとった広告が載り、「現代フランスのジャズ」といえば必ず名前が挙がり、ヨーロッパ中のフェスティバルからひっぱりだこで、いつも世界中を旅している。そんな彼の「成功」は、ときに誤解を招いていることもあるかもしれません。
でも、ルイ自身はそんな自分の立場に決して奢ったりしない。誰がなんといおうと、彼は自分の音楽にも、人間にも、常に、誠実に向き合っている人なんだ。
レストランを出た私は、まずジャンのガールフレンドとお嬢さんに再会を約束して別れを告げ、ジャンに車でパール・デュー駅まで送ってもらい、TGVに乗り込みました。
「こんど来るときは、もっとゆっくりリヨンに滞在できるようにね!」
ジャンのおかげで、短いけれどもすばらしいひとときを過ごすことができたリヨン。
彼にはなんと感謝したらいいかわかりません。
列車は静かにパリに向かいます。リヨンを離れるほどに雲行きがだんだん怪しくなって、窓に雨粒があたるようになりました。
(つづく)