1999年12月27日月曜日、ピエール・クレマンティ死去。死因は肝臓ガン。享年57歳。
訃報を知ったのは2月14日。旅行直前でことさら慌ただしかった年末、日本で報道があったのかどうかもわからない。フランスで会った人達の口から彼の名前が出ることもなかったので、自分が歩いていたのは彼がいなくなったパリだったことを、私はずっと知らずにいた。
『暗殺の森』に登場した彼の、内蔵と心を置き去りにして骨だけが先に成長してしまった思春期の少年のような、アンバランスな長身に不安を感じたのはいつだったろう。どんな映画に出ていても強烈な存在感を発していた彼を、本当に「素敵だ」と思えるようになったのは、マカヴェイエフの『スウィート・ムービー』を見てからかもしれない。
多くの巨匠達(ヴィスコンティ、ブニュエル、パゾリーニ、ベルトルッチ、リヴェット...)の作品に出ているとはいえ、この破滅型俳優(にしては長生きしたのではないか、と言うのは、彼を理想の男性に挙げる友人である)の死の翌日、フランスの文化相は正式に追悼コメントを発表していた。こんなとき、単純な私はあの国の底力を感じる。
そして私は、クレマンティの死を知ることとなった記事を載せた週刊誌、Les Inrockuptiblesの定期購読をついに決意したのであった。(1年間に48冊届くって、途方に暮れることはわかってるんだいっ)
日曜日が待ち遠しい!と思ったら日曜になったので、映画が観たい観たい観たい、という友人BB(こう書くとブリジット・バルドーみたい^^;)と、きょうは映画の日に決めました。BBと待ち合わせて、ギリシャレストランでランチをとってから映画館へ向かいます。プログラムを選んだのはBB。私のほうはこれから何を見に行くのかもちゃんとわかってない。
考えてみたらパリの映画館に入るのは生まれて初めて。前に来たときは、じっくり映画を見る時間がなかったんだよね。
途中で、なんとなく見覚えのある界隈を通りかかりました。あれえ、前に来たときに寄ったお店、このへんにあったんじゃなかったっけ?
まだ時間があることをBBに確認して、その通りをしばらく歩いてみました。結局、それは私の思い違いで、「ごめ〜ん」と、今来た道を引き返すことに。ところが、このちょっとした寄り道が、思いがけない贈り物をくれたのです。
私達は、ある映画館の前を通りかかりました。2つの映画の看板が掲げられたその映画館は、もうすぐ入れ替えが始まるようで、チケット売場の前に10人ほどの列ができていました。通りすがりになんとなく目を向けていたその映画館から、2,3人の女性客が出てきたのだけど、中のひとりの女性の顔に、私は妙に惹きつけられました。このひと、どこかで見たことがある・・・
あーーーーーーーっっっっっっ!
んなばかなーっ。いくらパリにいるからって、こんなに簡単にアンナ・カリーナ様に遭遇できるのかーっ。でも、あの印象的な瞳は、まぎれもなくアンナ・カリーナその人。
「ねねねねね見て見て見てアンナ・カリーナだよアンナ・カリーナだよアンナ・カリーナ」
「えー?...あーっ!ほんとだ!確かにアンナ・カリーナだ。ほら、彼女、向かいのカフェに入っていくよ。僕らもあのカフェに入ろうか?」
「あわわわわわわ。いいよ、いいよ、遠慮する」
「へー、いいのぉ?ほんとに?じゃあ、まあとにかく一度、目指す映画館まで行くことにしよう」
歩いて1、2分のところに、私達の目的の映画館「アッカトーネ」はありました。あらら、またパゾリーニだわ。
ここは、1日に5つくらいのプログラムがあって、それを1週間くらい?の単位で変える、名画座的なところ。そのプログラムは、選ぶ人の批評眼がかなりはっきりと出ていて面白く、あーっ学生だったら毎日入り浸っちゃうだろうなーって感じ。
プログラムごとに入れ替えがあるので、とりあえず2つのプログラムを続けて見ることに。
「さあ、開映までまだ時間があるから、さっきのカフェに行こうよ」とBB。えー。ここで戻るかなあ。でも、けっきょく私も己のミーハー魂には勝てず、例のカフェまで戻ることにしました。
どきどきしながら店に入ると...います。入ってすぐ左側のテーブル席、アンナ・カリーナ様が窓の外を眺める位置に座っています。しかも、ひとりで。彼女はこのお店の常連なのでしょうか、それとも誰も気づかないのでしょうか、周りのお客さんが騒いでいる様子はありません。
コーヒーを持ってきてもらってから、「だいじょうぶだから声かけてごらんって!」とBBにけしかけられ、大きく息を吸って(しっかりペンとメモ帳を持って)彼女のそばに近づきました。
「おおおお邪魔して、すすすすみません、マダム、(わー、怪訝そうな顔で見られてしまったあ、どうしよー)あなたは、もしや、マダム・アンナ・カリーナではありませんか?」
「Oui」
と、にっこり微笑んだカリーナ様!きゃーーーー!
「わたし、あなたのファンなんですう。よろしければ、ここにサインしていただけませんか?」
「ええ、喜んで。あなた、お名前は?ミキコ?綴りを言ってくださる?」
と、いとも気さくにサインに応じてくださったのです。
私が日本人とわかると、彼女のほうから話をしてくれました。
「最近、カトリーヌのプロデュースで、新しいアルバムをレコーディングしたの。彼は私のために、それは素敵な曲を書いてくれたわ。それから、ゲンズブールの曲も歌っています。あなた、東京にはいつお帰りになるの?私、今年はコンサートのために日本に行く予定があるのよ。カトリーヌと一緒にね」
「えーーーっ!ほんとですかーーーっ!」
カリーナ様がカトリーヌと一緒にアルバムを作ったり、コンサートをしていることは聞いていました。そのアルバムが、カトリーヌがリサイクラーズと一緒につくったアルバム同様、日本で先行発売になりそうなことも。でも、もう来日公演まで決まっているの!?
(追加情報!2000年7月13日、東京の夏音楽祭でコンサート決定!)
「ええ、本当よ。私もとても楽しみにしているの」
「ツアーに来るミュージシャンは、誰なんでしょう?」
「ええとね、なんて名前だったかしら。カトリーヌの前のツアーとは違うはず。日本に行くのは初めてだって言ってたわね」
「そうなんですかー(ってことは、リサイクラーズじゃないんだ。誰だろう?)。楽しみにしてます!すごく嬉しいです」
時間が来て、私達のほうが先にカフェを出たのですが、そのときもカリーナ様はにっこりほほえんで、さよならを言ってくれました。
BBは彼女の美しさを褒め称えています。そう、確かにお年は召したけれど、カリーナ様はとても美しくてエレガントなマダムでした。
さて、「アッカトーネ」で私達が見た映画は:
まず、
ロマン・ポランスキ『Amsterdam』(『美しき女詐欺師たち』みたいなタイトルになるオムニバス映画の一編)
ルイス・ブニュエル『アンダルシアの犬』(説明不要)
ピエル・パオロ・パゾリーニ『リコッタ』(オムニバス『ロゴパグ』の一編)
という、すんばらしい短編3本立て。特に、まったく見たことがないというかそういう映画があることさえ知らなかったポランスキの短編が、凄い!誰も所有することができない自由なバッド・ガールを描いて、冒頭のゲンズブールの歌から途中で使われるジャズまで、音楽もカッコいいし、なにもかも、すばらしい!もちろん、後の2作も傑作であることを再確認。
ここで入れ替えがあって、再入場して見たのがパゾリーニ『奇跡の丘』。この映画、大好きなのねー(;_;)映像も、不思議な音楽の使い方も、映し出される人々も、みんなみんな、正真正銘の奇蹟だと思ってしまう。私の「人生の映画」(^^;)はロッセリーニの『神の道化師、フランチェスコ』だけど、これと並ぶくらい、好きだー。
そんなこんなで、私達はかくも濃ゆく充実した映画の日を過ごし、映画館を出ると、パリには夜が訪れていたのでありました。 (つづく)