17 juillet 1999 -
ルイ・トリオの来日公演にいらした皆さん、いつもプログラムの最後に、ちょっとトラッド風味のやたらカッコいい曲(エンディング近くでブルーノ・シュヴィヨンがベースにエフェクターをかけてクールに暴れまくる)が演奏されていたのをご記憶でしょうか。あの曲は「L'Affrontement des Pretendants」といって、今の所どのアルバムにも収録されていません。
じつはこの曲が書かれた経緯が、ドイツの JAZZTHETIK誌98年5月号に掲載された記事(表紙もルイなのー。カッコいいのー)に紹介されておりまして、ドイツ語ちんぷんかんぷーんの私が、その日本語訳を手に入れることができました。異様に濃くて分量も多いその記事を、あっと言う間に訳してくださったのは日本のグンター・ハンペル非?公式代理人いいだやすし さんでえす!
ん・もー、この記事全体がとても興味深い内容で、しかもいいださんが見事に訳してくださったので、いっそのこと全文掲載しちゃいたいくらいなのですが、それは無理なので、「L'Affrontement des Pretendants」に関わる部分だけ抜粋してご紹介しようと思います(ブルーの部分は、著者Harry Lachner氏が1997年6月に行ったインタヴューにおけるルイの発言)。いいださん、本当にありがとうございました。
ハリー・ラッハナー Harry Lachner
「観念からの決別−ルイ・スクラヴィスとヨーロピアン・ジャズ」より抜粋
昨年(1997年)、西南ドイツラジオ放送のジャズ編成局は、ルイ・スクラヴィスに対、ドナウエッシンゲン音楽祭Donaueschinger Musiktageのための作曲を、まったくの白紙委任にて依頼した。
「僕はずっと以前より、ドラム奏者のピエール・ファーヴルPierre Favreと何かやりたいと考えていた。彼のソロ公演を見たあと、ドナウエッシンゲン音楽祭のプロジェクトでは、彼の多様な音楽性を中心とした作曲にしようと決心した。僕の音は時折加えればいいと思っていた。しかし書き上がったものはそういう音楽ではなかった。書かれたものと心の中に抱いている音楽との間には大きな違いがあるものなんだ。だからこのプロジェクトにおける次の段階は、妥協を見出すことにあった。」
ルイ・スクラヴィスがここで言うところの妥協とは、ジレンマというよりはむしろ大きなチャンスであり、結局のところまさにジャズの本質というべきものである。毎回のコンサートは、未知らぬ土地への旅に部分的に似ている−聴衆と同様、ミュージシャン自身にとっても−。即興音楽とは、無意識という闇の領域と、明確かつコンセプトに基づく思考様式との境界にて行われるのである。
「ある決まったメロディーが頭の中にある。ところが楽器を手に持った途端、全く別のものが突然鳴り出すということはよくあるんだ。例を挙げると、僕はある非常に抽象的な意図をもった曲で始めようとした。ところがそれに取りかかろうとしたとき、突然中世的な曲が鳴り出したんだ。それは僕が求めているものとは根底から違っていた。しかしそれを受け入れざるをえなかった。そして僕は今再び、このほとんどフォルクローレに似たような歌をその出発点としながらも、それを抽象化するという作業に取り組まなければならなかった。だから、自分が受けた影響はここにあるとか、僕の音楽の原点はどこだとか言うことは僕にはできない。全くわからない。作曲されたものであるとか即興によるものだといったことは、どうでもいいんだ。人はいつも、すべてをコントロールしようとする。でも人がコントロールできないものこそが、いつも一番いいものなんだ。」
ルイ・スクラヴィスが(1997年)10月18日にドナウエッシンゲンで、アルカディ・シルクロッペルArkady Shilkloper、エルンスト・ライセガーErnst Reijseger、およびブルーノ・シュヴィヨンBruno Chevillonとともに演奏した、6楽章からなる作品「王位継承権者たちの対決 L'Affrontement des Pretendants」は、人々がスクラヴィスに対して抱いていた期待を完全に満たすものであった。合奏によるテーマ部分は、絶え間なく、かつ知的な変奏部へと受け継がれ、儀式化した個々のエクスタシーは、注意深い仕掛けがありながらしかし柔軟性のある構造の中で受け止められている。そしてその構造は、参加しているすべてのミュージシャンに対してアンビヴァレントな状態にとどまることを許している。どの音においてもそれに敵対するものでさえ共鳴させ、どのジェスチャーにおいてもそれに失敗したものでさえ考慮に入れられている。なぜなら実際のところ重要な音楽は、境界線が消滅し、概念的なものが意味を失い、漠然としたものが一定の形をなすような場所においてこそ生まれるからである。
(抜粋・引用終わり)
このドナウエッシンゲン音楽祭のプログラム、ルイのバイオグラフィにも書いてある、ファーヴル、シルクロッペル、ライセガー、シュヴィヨンとのクィンテットっていうのですね。それにしても強力なメンバーの顔ぶれ。音楽祭だけのプロジェクトだったのでしょうか?しかも「6楽章からなる」とわ、この曲だけでワンステージだったってこと?ライヴ録音って残ってないのだろうか。んああああ、聴きたいよお。あと気になるのが、レギュラー・トリオでいつも演奏してるってことは、こんどECMでトリオ&ヴァンサン・クルトワ&ジャン=リュック・カポッゾのクィンテットでレコーディングするアルバムに収録する可能性があるのかな?だとしたら、そのときはどんなアレンジに?と、あとからあとから疑問と期待がふくらんでいくのです。