受付のマダムに「始まっていますけど、大丈夫ですよ。お入りください」とうながされ、そっと中に入る。見覚えのある、ひな壇状の座席はほぼ埋まっている様子。しばらく、隅に立って聴くことにする。
演奏しているのはパブロ・クエコ Pablo Cueco。Zarbという太鼓だけを使ったパーカッション・ソロ。ものすごい超絶技巧。どうやら彼が最初の演奏らしく、ひとりも見逃さないで済みそうなのでほっとする。
彼の演奏が終わって会場が明るくなると、以前からメールで文通を続けている友人が座席に座っていて、1人分空いていると私を呼んでくれた。
フィル・ミントン Phil Minton とミッシェル・ドネダ Michel Doneda のデュオ。
ヴォイスとソプラノサックスの音、どちらがどちらだかわからなくなる瞬間が何度もある。即興を聴いているというより、本物のシャーマンを体験しているような気になってくる。怖いくらいだ。後で聞いたら、なんとこれが二人の初共演だったそう。お互いは20年も前からよく知っているというのに、今まで一度も同じステージで演奏したことはなかったそうだ。貴重な瞬間に立ち会うことができて、嬉しい。
ここで休憩時間。友人が買っておいてくれたソン・ディヴェール・フェスの前売り券を受取り、代金を払って一安心。ふと見ると、縮れた白髪と大きなお腹を一目見たら忘れられない、なつかしい人がいる。
「おおっ?!どうしたどうした、君がここにいるなんて驚きだね!元気かい?パリにはいつから?」
「おひさしぶりです、ギ・ル・ケレックさん。きょう着いたばかりなんですよー。新しい写真集もすばらしいですね。バーバー富士の写真が載ってて、びっくり!」
「おお、気に入ってくれたかね。あの本はイタリアで出版されたので、フランスでもまだ買えないのだよ(私が持っているのは、パリのジャズイベントで特別に販売されたのを友人がゲットしてくれたもの)。こっちにはヴァカンスで来てるのかい?コンサートもたくさん見るんだろうね」
「そう、明日はアミアンで、あさってはまたソン・ディヴェールです。それから...」
「おお、あさってのデリベラシオン・オルケストラにはルイも出るし、ミッシェル・ポルタルも出るぞお」
「え、ほんとですか!」
私は半信半疑。確かにソン・ディヴェールの広告にもポルタル様の名前はあったけど、あさってはポルタル様とダニエル・ユメールとブルーノ・シュヴィヨンとボヤン・Zの4tetのコンサートが、同じ時間に別の会場で、フェスティヴァルとは全く無関係に行われることもわかっていた。だから、予定変更になったのかとがっかりしてたのに、はて・・・???
プログラム後半が始まる。
ドゥニ・コラン Denis Colin のバスクラリネット・ソロ。このひとのバスクラには地中海とか中近東の民俗音楽みたいな粘りを強く感じる。ヴァイオリンとかの入ったバンドの曲だと特にそうなんだけど、ソロの即興でも(特にフレーズが民俗音楽っぽいわけではないのに)エスニックな感じがするなあ。
続いて、今夜のプログラムに登場する唯一の女性、エレーヌ・ブレッシャン Helene Breschand のハープによる美しい即興。マレットを使ったり、弦のあいだに棒状のものをはさんだりすることも。CDはちょっと聴いたことがあったんだけど、彼女の姿を見るのは初めて。ふわふわソヴァージュのロングヘアが良く似合う、とても可愛らしいひと。ハープを演奏する姿もフォトジェニックで、日本だったら絶対追っかけの男の子がつくと思うな〜(^^;)
最後、えらく迫力のあるおじさん3人が登場して、どえらくカッコいいフリージャズを演奏。ドラマーはロジャー・ターナー Roger Turner で、トロンボーンはヨハネス・バウアー Johannes Bauer。もうひとり、白髪を後ろで束ねて、ひょろっとした長身に赤いパンツにスニーカーで決めて、がんがんキーボードを弾くおじさんが強烈。手元にプログラムがなく、この人ダレ??と思っていたら、それがアラン・シルヴァ Alan Silva だった。
会場の左右の2階席にはそれぞれパソコンが置いてあって、コンサートのあいだじゅう、スタッフらしきおにいさんたちが何か打ち込んだり操作したりしていた。
じつは、実況録音をそのままCDRに焼き、詩人が演奏を聴きながらその場でテクストを書き、ジャケットを印刷して終了後に観客に配るというシステムになっていたのだ。
プログラムは終了したが、CDができあがるのを待つ間に再びステージにパブロ・クエコがZarbを持って登場。
「これはZarbという古代から伝わるパーカッションであります。発祥の地はイラン。この楽器の基本的な構造は・・・」
と、なんだか教育テレビの解説風に喋りだしたクエコ氏。Zarbの歴史と演奏技法の実演講義?が、どんどん「お笑い」になっていく。すごい指さばきで太鼓をたたきながらカンツォーネを歌い始めたり、フィデル・カストロ議長?の演説の物まねをしたり、Musiques Contemporaines と Musiques Actuelles (どっちも「現代音楽」と訳せてしまう)の違いを面白おかしく定義したり、同じ打ち方をしながら全然違う拍子をとってみたり・・・と、うーむ私が聞き取れた部分だけここに書いても全然面白くないのよね。あの超絶技巧と大真面目な口調を生で聴いていてこその楽しさ。会場のお客さん達には大受け。CD完成後、「残念ですが最後のパブロ・クエコの演奏は収録されていません」という挨拶に、がっかりした声も出ていた。
コンサートが全て終了すると、会場では飲み物とカナッペなどちょっとした食事がサービスされた(他の日は飲食物は有料だったので、この日が特別だったみたい)。エレーヌ・ラバリエールお姉様を見かけたし、友人によるとミュルーズのジャズフェスティヴァルの主催者も来ていたらしい。フィル・ミントンとミッシェル・ドネダは、バーバー富士で演奏したときの思いで話で盛り上がっていました(^^)