楽屋のカフェテリアでミュージシャン達は軽い夕食をとり、私はコーヒーだけを飲んだ(レストランのランチでお腹いっぱいだったのよ〜〜)。
開場時間が近づいたので、いちど楽屋を出てホールの入口へ向かう。ロビーにはすでにかなりの人数が集まっていた。
ホールが開場する。係の女性から、私の持っているチケットはステージ左側の2階席に座れるものだけれども、一通り入場が終わったら1階の空席に移動して良いと教わった。しばらく1階の様子を眺めていると、フランスのコンサートと同じような感じで、若者からご高齢の方まで様々な世代のお客さんが入ってくる。開演が午後9時と遅いせいか、子供の姿は見かけなかったけれど。
このまま2階にいようか、どうしようかと迷っていたら、係の女性がわざわざ「もう1階に移っても大丈夫ですよ」と知らせに来てくれたので、移動することにした。そういうことならいっそできるだけ前に行こう、と、結局また上手い具合に空いていた中央ブロック最前列の左端の席を確保した。
ホールは、さすがに「満員」にはなっていない。でも、フランスでもないのにこれだけの広さのホールまで満員だったら、逆にちょっとショックを受けたかもしれない^^;。それに、ルイのクインテットはともかく、イヴ・ロベールのトリオはまだCDも出ていない未知のグループなわけで、にもかかわらずこれだけ人が集まるのは大したことだと思う。
開演間近をつげるアナウンス。ポルトガル語だが、ブルーノ・シュヴィヨンの代わりにオリヴィエ・サンスが出演することを案内しているようだ。
やがて場内が暗くなり、イヴ・ロベール・トリオの3人が登場。今夜のシリル・アテフのドラムセットには、ミネラルウォーターの空き瓶はセットされていないようだ。
「皆さん、ボア・タルデ」とイヴ・ロベールが挨拶する。
その後はぜんぶフランス語でしゃべっていたが、会場の人達は苦もなく理解しているようだ。
「僕達は今夜、これから極めて官能的な音楽を演奏します...トリオの名前は、la tendresse (英語ならtenderness)と言います...」
と自己紹介するイヴ・ロベールの飄々とした様子が、妙に可笑しい。
イヴ・ロベール、ヴァンサン・クルトワ、シリル・アテフ。3人の生み出す音楽は、軽快で、ユーモラスで、ちょっと皮肉っぽいところもあり、だけど美しく、なるほど官能的だ。知識不足の私には「○○に似ている」とかそういう比較対象がちょっと思い当たらない。3人3様の個性が絶妙に絡みあって、けれども全体にはまさにイヴ・ロベールの音楽としか言いようがない。さっきリハーサルでは省略されていた、ソロや即興パートもまた、素晴らしい。
わけあって^^;隣の席が時々気になったものの、ずっとどきどきしながらステージを楽しんだ。
50分程度だったか、ステージが終わって3人が挨拶をすると、会場は大きなあたたかい拍手につつまれた。
休憩が終わって、再び会場の照明が落とされる。
ステージに、ルイ達5人が登場。インプロヴィゼーションから始まり、やがてベースがよく耳に馴染んだビートを刻みはじめる。「contre contre」だ。
アップテンポで演奏される曲は、(ライヴだから当然といえば当然なんだけど)随所にインタープレイが入って厚みを増し、CD以上に流れる血のあたたかさを感じる。演奏はそのテンションを保ったまま「Maputo」へつながっていく。
「Maputo」が終わったところでルイのMCが入り、次に始まったのは「possible」。この躍動感が、すでに会場全体をすっかりつかんでいる。ここでは、ジャン=リュック・カポッゾの唖然とするような素晴らしいトランペット・ソロが入り、会場は大いに沸いた。
この曲が終わった頃には、すでに30分経っていただろうか。
「ルネス・マトゥブへのオマージュ」のイントロダクションが始まった。ヴァンサン・クルトワと、オリヴィエ・サンスのデュオ。オリヴィエが真剣に譜面を見つめながら演奏している。この夜、彼は終始控えめなプレイに徹することに決めているかのようだった。CDで彼の演奏を聴いていると、もっともっと前に出ることもできたと思うのだけど、ブルーノ・シュヴィヨンの代役ということで、逆に「縁の下の力持ち」の役割を果たそうとしていたのかもしれない。
むしろ、「演奏」においてブルーノ・シュヴィヨンの代役のような役割を果たしていたのは、ヴァンサン・クルトワのほうだった。彼の演奏技術の高さと音の美しさは、かつて観た日本の企画モノ「チェロ・アコースティクス」でさえ驚かされたし、CDで十分に判っているつもりだったのだけど、いやはやもう、それどころではなかった。彼はきっと、この2〜3年でもの凄く成長したのだと思う。こういう較べ方が適切かどうかは疑問だけど、ヴァンサンは「チェロのブルーノ・シュヴィヨン」になった、と思った。ブルーノを真似しているとかそういう意味ではなくて、凄まじいパワーを完璧にコントロールする彼の繊細なテクニックが、ブルーノ・シュヴィヨンを思わせるのだ。
ゆったりとした重厚な導入部から、だんだんと演奏は佳境にさしかかってくる。ここで、フランソワ・メルヴィルのドラム・ソロが始まった。
フランソワのドラムスにはいわゆるジャズ的なグルーヴ感とは異なる不思議な個性があって、好き嫌いが分かれるようだ。99年の来日公演のときは、私の周りでも見事に賛否両論になっていた。私は、正直いうとLabel Bleuから出たトリオのアルバムで聴いたときには、あまりピンときていなかった。凄い、と思ったのは99年の来日のとき、合計5回(^^;)トリオの演奏を聴くなかで、フランソワの演奏が毎回どんどん変化し、しかも確実に良くなっていくのを体験したときだ。エッグファームの最終日は、間違いなくツアー中の彼のベスト・プレイだった。
その彼がいま、ドラム・ソロをとっている。なんと言えばいいのだろう。小柄で童顔でかわいらしいフランソワ、彼のドラム・ソロに、皆釘付けになっていたのだ。不思議なグルーヴの、ジャズというより現代音楽のパーカッションとかのほうが近いかもしれないソロをとっている彼は、自分ではそうと意識せずに、すっかり会場を制している。
ステージのルイや他のミュージシャン達を観ると、皆、「お、やったな」と笑みを浮かべてフランソワをながめていた。
フランソワのソロからハイテンポな曲の後半部に突入すると、会場はまた大きな拍手に包まれた。クインテットの演奏が、会心のドラム・ソロを受けてどんどんテンションを高めていく。ルイのソプラノサックスが、エンドレスで鳴り始めた。永遠に旋回を続けていくかのようなサーキュラーブリージング。
怖い。
その、あまりにも圧倒的なパワーは、感動を超えて私をほとんど恐怖させた。
会場の興奮を落ち着かせるように、「Le temps d'apres」が始まる。ブルーノが来ないなら演らないだろうと勝手に思いこんでいたが、ルイはヴァンサンとのデュオでこの曲をじっくりと奏でた。
最後は、おなじみの「L'Affrontement des pretendants」。このトランペットってほんとにしんどいと思うんだけど(^^;)カポッゾさんつくづく偉い。しかしなんてカッコいい曲なんだろう。そういえばjazzman誌のインタヴューで、ルイがこの曲について話していたなかに「嬰ハ長調で作曲したことが一度もなかったのでやってみた」っていうのがあったような気がする。
演奏が終わると、客席からひときわ大きな拍手と歓声が上がり、リスボンの人達はスタンディング・オベーションでステージの5人を讃えた。
もうずいぶん遅い時刻だったが、鳴りやまぬ拍手に応えてクインテットが演奏したのは、もともとはトリオのレパートリー「procession」だった。
にぎやかな楽屋に戻って、やっとカメラを取り出す心の余裕ができて、撮ったのがギャラリーの写真。カポッゾさんはトランペット吹きすぎでお疲れだったのか(^^;)控え室にひっこんでしまったようだったけれど、ファンの男の子がサインを求めていたり、係の人が観客から預かったという花束(ルイの写真に写っているのがそれ)を持ってきたり、シリルやヴァンサンに「おまえ今日めちゃくちゃよかったよ、すげーよ」と言われてフランソワが照れていたり、和気あいあいとした雰囲気だった。
イヴ・ロベールが来たので、私は客席の様子を報告した。
「トリオすてきでした。la tendresseって、ぴったり。わたし最前列に座ってたんだけど、隣の席にカップルがいてね、演奏してるあいだじゅう、ずっと...キスしまくってたの^^;;;;;」
「えーっ、ほんと!一番前で?いや、ちっとも見えなかったなあ。こりゃ嬉しいねえ。シリル、ヴァンサン、彼女の話聞いた?・・・」
と、イヴ・ロベールから話を伝え聞いた二人も「それマジマジ?最高じゃん!」と大喜びだった。
深夜0時をまわったので、名残惜しいが私は一足先に帰ることにした。
「2月6日にパリのヌーヴォー・カジノでブンチェロがライヴやんのよ。よかったら来てー」と、シリル。こりゃ行くしかないかな。
「外に出ればすぐタクシーが拾えるから。じゃあ、9日にね」とルイ。
地元の人はみんな自家用車で来てるみたいだし、だいじょぶかなあと心配だったけれど、なるほど外に出た途端にタクシーが通りかかって、スムーズにホテルまで帰ることができた。ベルを押すと、夜間の留守番専門と思われるおにいちゃんが降りてきてドアを開けてくれた。
コンサートの余韻にひたりながら、ほっと一息。ジャン=フィリップとディミトリ君のCDも約束通りルイに渡すこともできたし。こんどはもっとゆっくりポルトガルに滞在したいなあ。
ふと、我に返った。あれ。ライヴの前に私が練習をみたあの曲、「フランス語ならDivination Moderne」と言われたあの曲。今夜のプログラムにはなかった。なぜ?「ルネス・マトゥブへのオマージュ」が盛り上がりすぎて時間が足りなくなっちゃったのかなあ。
・・・それとも。
ひょっとしてあれは、9日に世界初演するルイの新4tet「Napoli's Walls」の曲だったのかしら。