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下に降りると、レセプションには昨日までのマダムより若い、ほっそりした女性がいた。曜日によって交代しているらしい。コーヒーをココアにしてもらった以外は、昨日と同じ朝食をとる。きょうはまた天気が良い。さっそく出かけることにする。
県庁舎の隣の教会ではミサが行われていた。席は後ろ半分くらいが空いている。参列者の平均年齢は高そうだ。パリのノートルダムで、ミサの参列者より周囲の観光客のほうがよほど人数が多かったことを思い出す。
教会を出て、今日はまっすぐ、カテドラルの隣の旧市街、ヴュー・マン Vieux Mans 地区に向かう。
旧市街、といっても本当に狭い区域で、その入り口には小さなかわいらしい、ちっともいかめしくない市役所がある。石畳の狭い坂道、石造りの古い家が立ち並ぶ。カテドラルと並ぶル・マン市内の観光スポットだけあって、お店が多い(日曜の朝なのでほとんど閉まっているが)。
濃い緑色の店構えがきれいな、管楽器修理店を見つける。Europa jazzのプログラムに広告が載っていたお店だろうか。その近くにはマンドリン専門店。楽器店が多いな、と思ったら、近所にコンセルヴァトワールがあるのだった。
楽器店は閉まっていたが、そばに駐車してある車の屋根の上に、ここらへんの主だぞという顔をした猫が座っていた。毎日、通りすぎる人にちょっかい出されるのに慣れきっているらしい。カメラを構えると、起き上がって伸びをして、慌てるでもなく近付いてきた。甘えてくるのではない。「あー?写真とるの?どーぞ、勝手にすれば?」という感じ。
このあと、なんだか動物にばかり目がいってしまった。( 写真4)
旧市街を一回りしてカテドラルの下まで戻ってくると、風景が一変していた。
駐車場一帯から大通りに沿った歩道にかけて、いつのまにか朝市が立っていたのだ。
駐車場では主に古書や雑貨、洋服が売られている。大通りは食料品の店が並んでいっそうにぎやかだ。野菜、チーズ、ハム、ソーセージ、魚介類を、威勢のいいおっちゃんやおにいちゃんやおばちゃん達が売っている。なにを見ても新鮮で美味しそう!無意味に買い物したくなるのを我慢する。おみやげに持ち帰れるようなものではないし、私が泊まっているホテルは部屋の中での食事は禁止。それよりなにより、きょうのランチはごちそうなのがわかっているのだ。むふふ。
正午前にホテルに戻り、すぐにまた出かける支度をする。約束通り、Jさんが車で迎えに来てくださった。
きょうのコンサートは午後4時スタート。日曜なのでJさんもご夫婦揃って出かけられる。その前に、ご自宅でランチに招待してくださるというのだ。
車はレースサーキットが近い南の方へ向かう。自動車関連企業の建物が並ぶ。こちら側には、ルノー・ニッサンに勤める日本人の方々がけっこう住んでいるそうだ。なんていう話を聞きながら、小さな飛行場を通り過ぎると、ご夫妻の住む小さな街に入った。急に建物のスケールが小さくなり、のどかな雰囲気になる。かわいらしいローカル駅を通り過ぎて、「さあ、ここだよ」とJさんは車を停めた。
降りてびっくり。牧場よお。馬よ馬。おうまのおやこがぽっくりぽっくりあるいてるのよお。街の中心部から車でほんの10分か15分で、風景は変わってしまった。両側を牧場にはさまれた道の奥に、Jさんご夫妻の一軒家が立っている(牧場はご夫妻のものではない。念のため)。エプロンをつけたRさんが出迎えてくださった。
2階建ての白い家は、古いが良く手入れされている。壁には画家の住まいらしくJさんの作品やその他のポスターが貼られ、Jさんの仕事場には画材や工具、Jさん自身のデッサンなどがたくさん置かれている。広いリビングダイニングには本物の暖炉があり、壁にはJさんの作品がおしゃれに飾られている(写真をお見せできないのが残念)。素朴なテーブルクロスをかけた広いテーブル。窓から見える新緑。新鮮な野菜サラダ。Rさんが心をこめて作ってくださったチキン料理にはポテトを添えて。大きなチーズが5〜6種類。デザートは近くのお店で買ってきたという美しいフルーツケーキ。どれもこれも美味しい。
Vive la vie à la campagne !
食事を終えて、コンサート会場に出発。景色は完全に農村地帯。牛や羊の群れがみえる。大手の乳製品会社の工場もある。このへんの酪農家は、こういう工場にミルクを出荷しているのだという。朝市で見た野菜も近隣の農家でとれたもので、どおりで新鮮で美味しそうなわけだ。農業国家フランスを実感するひととき。
車は、ラヴァレという街の教会、Eglise Saint-Pierreの前に到着した。小さな教会だが、中世フレスコ画が発見されたため歴史的建造物に指定されているそうだ(このページに概要と、私が撮り忘れた^^;フレスコ画が載っている)。ここがきょうのコンサート会場だ。開演はまだまだで、スタッフもお客さんも外で談笑している。ルイもいた。
「デデがまだ来ていない」という話が出る。きょうの共演者、Vocalchimiste(声の錬金術師)、アンドレ・マンヴィエルのことだ(DEDEはAndreという名前の愛称)。会場には向かっているがまだ到着していないということらしい。
コートを着ていると少し暑いくらいの外から教会に入ると、空気は少しひんやりした。古い木製の長椅子に並ぶ。Rさんの教え子だったというかわいい女の子が挨拶に来たりする。ステージは祭壇のある正面にしつらえてある(フレスコ画は、祭壇に向かって左側の壁に描かれていた)。
しばらくすると、きょうのコンサート開催の協力者である地元の男性(孫のいそうなムッシュー)からの挨拶と、フェスティヴァルスタッフからの説明があった。通常、挨拶に出てくるはずのアルマン・メニャンがここにいないのは、アンドレ・マンヴィエルを迎えに行っているためです。彼らの到着を待つ間、ルイ・スクラヴィスにはソロを演奏していただきます・・・
ルイがステージに登場した。正面のマイクに向かって立ち、彼がとりだしたもの。
クラリネットでもなく、バスクラでもなく、ソプラノ・サックスでもない。
それは1冊の書物だった。