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ほぼ満員になった会場の照明が少し落とされ、アルマンさんが舞台に登場。最初に演奏するのは「Atem Trio」。ドミニク・ピファレリ(vln)と、Stefano Battaglia (piano)、 Michele Rabbia (perc)という二人のイタリア人ミュージシャンによる、最初から最後まで緊張感に満ちた、繊細なインプロヴィゼーションだ。ちょっとチェンバーミュージックっぽい展開もあったので、部分的に作曲もしていたのかと思ったが、終演後にドミニク・ピファレリに尋ねたら全てが完全に即興だったそうで(こんぷれっとまん・あんぷろう゛ぃぜーだよ、と言われた^^;)驚く。このトリオはイタリアでは何度か演奏しているが、フランスでは今日の演奏も含めてまだ2、3回しかコンサートを行っていないという。
「これからフランスでもこのトリオで演るチャンスがあればいいんだが。あの二人の演奏を聴いたでしょう?Excellent !」
ぴふぴふは、Battaglia、Rabbiaと共演できることが嬉しくてたまらない様子だった。
休憩をはさんで、ステージにはパオロ・ダミアーニ・オーケストラが登場。クロード・バルテレミーの前に、ONJ史上初の非フランス人音楽監督を務めたダミアーニが、今度はイタリア人ミュージシャンばかりを集めたプロジェクトを立ち上げた。今夜のコンサートが初演だということで、Muzzik(音楽専門の有料チャンネル)だったか、TV放映も決まっており、撮影スタッフが入っていた。
メンバー紹介のとき、アルマンさんから来年のフェスティヴァルについてコメントがあった。来年はイタリア特集で、フランスでは全く無名な人も含めてイタリア人のミュージシャンをたくさん招くのだという。最初に演奏したAtemTrioも含めて、来年のフェスティヴァルの「予告編」めいたプログラムだ。
さて、パオロ・ダミアーニ・オーケストラの演奏は、ECMから出たONJのライヴアルバムの印象に近いものだった。地中海的な匂いもあって、基本的には私の好みのはずなのだが、私の感想はONJと同じ...悪くないんだけど、少し退屈してしまうのだ。
ミュージシャンは皆すばらしい。ヴォーカルのお姉さんは美人だ(^^;)。聴かせどころもいろいろ用意している。ドラムスとパーカッションがデュオになって演奏するところなんてかなりカッコよかった。それなのにどうして全体の流れが「単調」な気がしてしまうのだろう?これは初演だから、回を重ねていけばもっと練られて良くなっていくのかもしれないけど...あ、観客には受けていました。本当にメンバーは良かったので、名前を挙げておきます。
Paolo Damiani (cello, bass)
Diano Torto (vocal, accordeon )
Achille Succi (cls, sax)
Gianluca Petrella (trombone)
Fulvio Maras (perc)
Roberto Dani (drums)
ゲスト:Enrico Rava (trumpet, cornet)
再び休憩をはさみ、今夜のラスト・ステージだ。ミッシェル・ポルタル・クァルテット。今回のフランス滞在で私が見る最後のコンサートがポルタル様の4tetで、しかもボヤン・Z(piano)、ブルーノ・シュヴィヨン(bass)、そしてずっとずっと見たかったエリック・エシャンパール(drums)という、私的に史上最強メンバー!
フェスティヴァルの第1回から出演しているというポルタル様を待ちかねていたル・マンの観客の大きな拍手を受けて、4人が現れた。
鋭いリズムを刻みながら始まった「Mozambique」。東京で1998年に見た、フランソワ・ムタンが参加していた4tetでの時と全然違うアレンジになっている。切れ味が違う。それはブルーノ・シュヴィヨンのベースによるものか。でも、エリック・エシャンパールの、ほとんどロックみたいなドラムスの存在感も絶大だ(金髪を少し長くして花柄のシャツを着ている彼は、見た目もジャズというよりオルタナ系ロックミュージシャンみたいだ)。ボヤン・Zのピアノも、98年に見たときより遙かにヘヴィで鋭い。見ているうちに、東京で見たコンサートの印象がふっとんでしまっていることに気付く。あのときも確かに感激したはずなのに。
曲は主にアルバム「Dockings」からの選曲、「Judy Garland」など「Minneapolis」収録曲もあった。どれもこれもヘヴィでタイトで緊張感にあふれた演奏。しかし彼らと演奏しているポルタル様の表情はリラックスしない。眉間に皺を寄らせているときさえある。こんなに実力者揃いなのに、決して「満足」していないことがうかがえる。年齢差は二回り以上。親子でもおかしくないほどのメンバーとの関係は、決してリシャール・ガリアーノとポルタル様のような「余裕しゃくしゃく」なものではない。でも、他のメンバーと比較する機会がないくせに、言い切ってしまおう。ポルタル様にとって、きょうの4tetは「私的に」を取っても、ベスト・メンバーだ。
ガリアーノとのデュオも素晴らしい。確かに。でも、それは音楽として素晴らしくても、「クリエイティヴ」ではない、と私は感じる。ライヴは観たことがないが「Minneapolis」も「違う」と思う。真にクリエイティヴな<今>のポルタル様が聴けるのは、ブルーノ・シュヴィヨン、ボヤン・Z、エリック・エシャンパール。この3人を従えたポルタル様だ。
終わりかけたコンサート。鳴りやまない拍手。ブルーノがひとりでベースを弾き始めて、ポルタル様をあおる。最初は「おいおい」と首を横にふっていたポルタル様がバスクラを構える。観客の大歓声。演奏が終わる。鳴りやまない拍手。バンドネオンを手にしたポルタル様が、民謡みたいなダンスナンバーを弾き出す。満場の客席から手拍子が起こる。だんだんご機嫌うるわしくなってきたポルタル様。バンドネオンを弾きながら歌まで飛び出す。ますます大喜びする観客。もうポルタル様もとまらない。手拍子とともに上機嫌で15分以上バンドネオンを弾きまくり、熱気のなかでようやく、コンサートは本当に終了した。
庭に出ても、私の頭はぼーっとしていた。JさんもCさんも口々に言う。
「おい、きょうのポルタルは凄かったぞ、パワー全開だったな」
何十年もライヴを観続けている百戦錬磨のJさんやCさんがここまで言うのなら、私は間違いなく、ミッシェル・ポルタルの最近のベストに近いステージを体験できたのだろう。
ドミニク・セルヴとルイのデュオでご一緒したマダムも会場から出てきた。私の顔を見るなり、彼女はこう言ってくださった。
「あなたが今夜この場にいて、コンサートを体験してくださったこと。そのことがとても嬉しいわ」
* * *
翌朝、私は朝食を終えてから午後に出発するTGVのパリ行きチケットを買いにいき、もう一度ホテルの近所を一回りした。優しいマダムにお礼を言って、昼前にチェックアウト。Cさんと一緒に、再びJさんとRさんの家を訪れて、おいしいランチをごちそうになった。午後2時に始まる、Europa Jazzの2004年ラストプログラムを見るために先に出発するJさんとCさんにお別れの挨拶をした(アンソニー・ブラクストンやギュンター・ゾマーが出演したが、私は出発時刻の関係で行くことはできなかった)。私を駅まで車で送ってくれたのはRさん。またいつかル・マンに来ることを約束して、駅前で別れた。
日本に帰る時刻が刻々と迫る。寂しいが現実に戻らねば。でも、ル・マンで、リヨンで、パリで、たくさんの方々から受けた親切と友情もみな、夢みたいだったが確かに現実だ。
この滞在記は、あの体験が確かに現実だったことを再確認するために書き続けたのかもしれない。体験はなんでもかけがえがないものだが、今回の旅は私の特別の宝物になった。フランスのみんな、ありがとう。またいつかきっと会いましょう。
Je vous embrasse.
(おわり)
※コンサートの時の写真をギャラリーに掲載しています。