ブノワ・デルベック&イニアテュス(Jerome Rousseaux)のインタヴュー第四回、「A propos de Morceaux Choisis」前半です。いよいよアルバム「モルソー・ショワズィ」制作の秘密(^^;)に迫ります!
それから、ブノワ・デルベック・カルテットの来日公演ですが、もうすぐスケジュール詳細が手に入りますので、お楽しみにっ。
ところで Poliphonic Sizeって?ベルギーのバンド?教えて>詳しいひとぉぉぉ
では、前置き、第一回、第二回、第三回に続けてどうぞ。
A PROPOS DE MORCEAUX CHOISIS
MORCEAUX CHOISIS について
- "Morceaux Choisis"制作はどんな風に行われた?
Jerome: まったく、簡単にはいかなかった。ムスタキのカヴァーは僕なりのやり方で歌ってみたけど、客観的にみてあまり上手く歌えてないと思う。聴き返すのはつらいな。
Benoit: それについては、意見はまっぷたつに分かれてるね。
Jerome:
僕の声は、ボリス・ヴィアンやセルジュ・ゲーンズブールの曲だとすごくしっくりいくんだよ。何の問題もなく、うまくいく。でも他の曲だといまいちなんだ。
最近やったカヴァーのなかでは、"Samba Saravah"はいいけど、他の曲はちょっと聴きたくないなあ。
レ・ゾブジェを聴き返すときも嫌だなあと思う。自分で書いた曲のほうがずっと気楽でいられる。だから僕は本物のシンガーじゃなくて、自作曲を歌ってるだけのことなんだよ。
僕はへたっぴなミュージシャンだから、他人に合わせて弾けないんだ。リズム感が情けなくてさ。自分にしか合わせられないの。ひどいもんだよ。レ・ゾブジェでやってた頃、一生懸命ギターを弾こうとするんだけど、いつもハズれてる。オリヴィエのリズムが正確なだけにね。僕はいつでもハズれてるから、一人ほっておかれたよ。
ほんとリズム感悪いんだよな。ジャズについてはいつも一人で弾いていたし。他人と一緒に演ると全然ダメだった。一定のリズムを保つことができなかったんだ。だからモンクが好きなんだよ。「やったね、オレって凄いモンク入ってるじゃん」って思ってたわけ。
Benoit: でもモンクは強烈なリズム感を持ってるじゃない。ソロで弾いていても、まるでバックにマックス・ローチがついてるみたいにスウィングしてて信じられないよ。常に同じテンポで弾くっていうのは大昔のスタイルなわけでさ。マリリン・クリスペルを聴けば話はまた別なんで、それは彼女が一定のテンポで弾いていない、ということでは全然ない。別のアプローチなのであって、これもいいよ。君は、ミュージシャンが演奏しながら同時にリズムを作り出してるって感じてるよね。例えば、頭の中でベースの音を想像しながら練習するといいよ。
Jerome: そういうのって一度もやったことないねえ。伴奏にプログラミングを使ったり、ギターを弾くのにリズムボックスに合わせたりしてるから、上手くならないんだなあ。
- "Morceaux Choisis"の収録曲はどうやって選んだの?
Jerome: 僕がちょっと提案をしてね。7、8曲選んでカセットに入れた。そのうち3曲がアルバムに入ってる。他にどの曲を選んだのか思い出せないけど。
Benoit: 曲はカンタン・ロレが選んだと思うよ。
Jerome: カンタンがそのカセットをリサイクラーズに聴かせたんだ。君たち3人のうち誰が最初だったかわかんないけどね。
Benoit: 曲を最初に聴いたのはスティーヴだな。カンタンとスティーヴの2人で選んだはずだ。
Jerome: その後またカンタンから電話があって、この3曲をやろうって言われて、OKしたんだ。
- このプロジェクトが始まった頃のことだけど、皆はもう知り合いだったわけ?
Benoit: カンタンが僕らを引き合わせたんだ。
- お互いに、相手がどんな活動しているかは知っていた?
Jerome: いや、他の皆の活動は全然知らなかった。
Benoit: 僕も全然。イレーヌだけは知ってたけど。最初は、フランソワーズ・ブルー Francoiz Breutとドニミク・ア Dominique A と打ち合わせをしたんだけど、二人はあまり気が進まなくてね(註:私はそういう風に原文を読んでしまったのですが自信なし)。カトリーヌがポリフォニック・サイズ Poliphonic Size の曲をやるって聞いて、僕がイレーヌに彼を紹介したんだ。イニアテュスのことは全然知らなかったし、カトリーヌのことは女の子だと思ってたくらいさ!
- じゃあ、そのポリフォニック・サイズっていうグループのことを説明してくれる?
Jerome: 80年代のグループ。当時、ベルギーにニューウェイヴとエレクトロニック・ミュージックの凄く面白いシーンがあったんだ。
Benoit: ちょっとストラングラーズ風のスタイルだったね。
- サシャのことは知ってた?
Benoit: 全然知らなかった。
Jerome: でも、レクタングルのアルバムに1枚参加してるじゃない。
Benoit:
そのアルバムは持ってないんだ。
じつはカンタンのお父さんはクリスチャン・ロレ Christian Rollet といって、ジャズとインプロヴァイズド・ミュージックのドラマーなんだ。ARFIっていうリヨンのミュージシャン協会のメンバー。ARFIは25周年を祝ってるところ(註:と言っているが20周年ですね^^;)。ARFIって、"Association a la Recherche d'un Folklore Imaginaire"(想像的民俗音楽探究協会)っていうんだけど、きれいな名前だよね。僕自身、自分がこの流れの中にいると思っている。
リサイクラーズがリヨンで演奏したとき、ARFI創立者の一人と会えたんだ。彼は僕らの音楽を凄く気に入ったと言ってくれてね。僕は彼に、僕らはあなた方が撒いた種でもあるんですよって答えた。「想像的民俗音楽」は、僕が長い間考えていることなんだ。
パリに生まれ、ラジオを聴き、トーキングヘッズを聴き、全世界に接近しながら、僕は想像界に没頭していたんだ。僕のルーツにはいかなる民俗音楽もないからね。それは、たぶんいいことだったんだと思う。
だから、カンタンはジャズ・インプロヴァイズドミュージックの世界に接していたわけ。それに、彼の義理のお父さんにあたるアレックス・デュティル Alex Dutilh はヴァリエテ・スタジオのディレクターだから、シャンソンの世界にも接していたんだと思うよ。
- 最初のリハーサルはどうだった?
Benoit: 僕の家で一発録りしたんだよ!
Jerome:
彼の家に泊めてもらってさ。リサイクラーズの皆が、「僕らで準備してたのを聴かせるよ」と言って、僕は「すっごくいいじゃん!」って。ヴォーカルを全部録ることはできなかったんで、後でもう一度集まったけどね。
ひとつ気に入らなかった曲があったんで、そのことを言ったんだ。"Les Rois Serviles"なんだけど。最初はロック・ギターが入っていて、あんまり良いと思わなくてね。話し合って変更した。
逆に、後から入ったアコーディオンはとても好きだね。他の2曲も凄く気に入った。フェレの曲のドラムスは超グッド・アイディアだし、"Samba Saravah" のプリペアド・ピアノも最高だよ。
Benoit: 最初の録音の方が思い出せないなあ。僕はミキシングに大忙しだったし、もう完成した曲しか頭に残ってない。
Jerome: その後、急いでヴォーカルをつけて、また議論した。僕はムスタキの曲のヴォーカルが気に入らなくて、いろいろ考えた結果、録り直しになって、僕はもう一度歌をつけた。だからムスタキの曲は2ヴァージョンあるんだ。1回目のはちょっとロック的すぎてね。リサイクラーズと一緒にロックをやりたいとは思ってなかったから。異なるベースを起点にして作っていきたかったし。
Benoit: このプロジェクトをやれることになって凄く嬉しかった。一時期、あるシンガーと一緒にいろいろやってたことがあってね。僕はいつもテクストに興味を持っていた。結局、ブライアン・イーノが目指してきたような、ちょっと聴いたことのない音楽、僕はああいう音楽を作って、発表したいと思って追究してるんだよね。リサイクラーズと、今回一緒にやった音楽が相いれないとは思わなかった。
Jerome: 今では、アートと音楽はすっかり隔てられてる。20世紀初頭には、ひとつのテーブルを囲んで、詩人と画家と音楽家が隣りあって座っていたというのに。
Benoit: 1960年代のジャズ・シーンはミュージシャンの数が凄く少なかった。ある時、マルシアル・ソラルと話し合ったことがあってね。仕事はたくさんあるかいって聞かれたんだ。厳しいですねって答えたら、彼が言うには今はミュージシャンが多すぎるって。彼の時代には、ピアニストは5、6人しかいなかったんだね。
Jerome: それに今は、世界的な行き来があるから。USAのミュージシャンもしょっちゅう来るし。ある国から別の国に行くことが増えている。昔は、みな自分の国を出なかったでしょう。
Benoit: それも理由のひとつだね。
Jerome: あと、ポップの世界には、同じポップ系のミュージシャンとしか付き合わないし、ポップ系のコンサートにしか行きませんっていう連中がたくさんいる。すっかり棲み分け状態でさ、困ったもんだよ。連中は他の音楽スタイルを過小評価するんだよね。変な話だけど。
Benoit: そういうのは、パリのジャズやインプロヴァイズドミュージック・シーンでもしょっちゅうだって。
(以下、次回に続く)